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なすびとうり2頭のラブラドールとの生活の記録です。 だいたいは…。 それ以外のことも出てくるかも。
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HN:
なすうり姉
性別:
女性
自己紹介:
●なすび 黒ラブ 1997年4月16日生まれ
●うり  白ラブ 2003年10月1日生まれ
●姉さん 普通のヒト
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なすびは順調に回復中です。

手術の日の夜は、どうやったのか病院の犬舎を抜け出して、
入院室の廊下に大シッコをして力尽きてそのまま寝ていたんだそうです。
そして2日後に面会した時は、
血液の数値は悪くはなっていないが良くもなっておらず、
でもそれは先生にとっては「順調」ということらしい。
ただ食事を残していたのには、ちょっとショックを受けました。
ちょっと苦しそうで、私の顔を見たら、
尻尾を振るには振ってみたけど、すぐに横になっていました。

そしてヤマと言われた3日目。
なすびは表情もうんと良くなり、食事も完食。
私が犬舎に手を入れようとすると、なぜかソッポを向きます。
「いい子にしててね」と声をかけると、
大きな声で「ワンワンワン」。
なすびはあきらかに怒っていました。
帰りたいのにつれて帰ってくれない私に怒っていました。
それは、少々嬉しいことでした。

3631.jpg
抗議中のなすびです。
ただ血液の状態は変わらず。
まだ様子を見る必要あり。

もうひとつは副腎をひとつ摘出したので、
残った副腎の仕事の量が増えて
おいつかなくなっているらしい。
でも、これは次第に回復するでしょうとのこと。

それから、うりは沈静剤がよく効いていたので、
手術翌日までヘロヘロで、うまく歩けず。
心配して病院に電話しましたが、
「翌日まで残る子も多いので、心配しなくていいと思います」
という先生の言葉通り
今は完全に復活して、一人っ子生活を満喫しています。
うり一人だと、二人の時より聞き分けが良い。
これはちょっと発見でした。


 

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こんなへんな途中で休んでしまってごめんなさい。
なすびは大丈夫なので、
安心して続きを読んでね。



翌朝の月曜日、私は供血するうりを連れて病院に向かっていました。
その途中、病院から電話。

先生の話では、今朝の血液検査の結果は芳しくなく、
このまま手術すると出血が止まらなくなる危険があるということでした。
「今日は手術ができないということですか?」と聞くと、
先生は二つの選択肢があると
ひとつは、手術を諦め、あと数日を自宅で過ごす。
もうひとつは危険を承知で今日チャレンジする。
手術するために残された時間は、今日か遅くとも明日までという判断でした。
「それがどれくらい危険なものか、私にはよく解らないんです」
「大変危険としか言えません」と先生。

「なすびの様子はどうでしょうか」と聞くと、
昨日は食事も全部食べ、穏やかに過ごしているということ。

それで決断しました。
食事を全部食べたということは、
なすびははっきりと意志表示をしているのだと思いました。
「今、うりを連れて向かっています。
今日手術をしてください」と答えました。

先生と話をして、うりだけでは血液が足りないかもしれないということだったので、
急いで従兄の家にいる、うりの兄弟のサンちゃんにも供血をお願いしました。
幸い快く引き受けてくれました。

病院に到着して、まずうりの血液検査。
検査結果は問題なし。
うりは診察台で暴れまくると言ってあったので、
沈静をかけて採血しました。
400ml。うりも頑張ってくれました。
うりはその時点で朦朧としていたので、病院に預かってもらうことに。
うりの犬舎の隣では、なすびが点滴のための血管確保の処置をしてもらっていました。
なすびが興奮してはいけないと思い、後ろからそうっと見ました。

私はすぐサンちゃんを迎えに戻りました。
サンちゃんのお母さんは、今すぐに動けないということだったので、
サンちゃんだけお借りして再び病院へ。
ちょうど病院に戻ったころ、なすびの手術が始まろうとしていました。

「ここで自由に見ていていいですよ」と椅子を用意してくださり、
ガラス越しに手術を見学させてもらいました。
待合室に待機してもらっているサンちゃんのところと、
手術室を行ったり来たりしながら、私はなすびの手術の時間を過ごしました。
その時傍にサンちゃんがいてくれて、本当に良かったと思っています。
サンちゃんに触れていると、心が休まり希望を感じるんです。
改めてワンコの力の偉大さを感じました。

なすびの手術はおおむね順調に進んでいるように見えました。
その病院には院長先生と副院長先生の他に、
麻酔を管理している方、手術のサポートをしている方、
おそらく獣医師の卵のような若い先生が3名ほど、
手術室には7名の獣医師(と思われる)がいました。
若い先生は、台の上に乗ってなすびのお腹の中を覗き込んで見ていました。

こちらから心拍や血圧?などを管理しているモニターが見えます。
途中、心拍が下がりすぎているように思えることもあり
ドキドキの連続でしたが、先生は落ち着いて処置しているように見え、
いくつかの塊をお腹の中から取り出していきました。
肝心の腫瘍はお腹の奥の方にあり、
そのために他の臓器を押しのけているのを見ると、
不安でいっぱいになったり、それは肝臓ではないの?と思う部分を切除した時は、
もうダメってことかも…と思ったり。

そして、手術の途中でサンちゃんからも採血をしました。
サンちゃんから350mlほどの血液をもらい、
すぐに手術に使いました。
サンちゃんはイイ子だった。
うりの兄弟なのに、どうしてこんなに違うのか…。

サンちゃんのお母さんが駆けつけてくれたころ、
なすびのお腹を閉じる作業が始まっていました。
手術は2時間半くらい。
長いような短いような時間でした。

先生に呼ばれ、取り出した臓器を見せてもらい、説明を受けました。
まず腫瘍はSSサイズの卵ほどの大きさで、その周りに出血して固まった血液が
いっぱいドロッとつながっています。
前の手術の時に見たレモン大のものは、この一部だったわけです。
患部の副腎も摘出しました。大きさは小指くらい。
それから、思った通り肝臓の一部を摘出していました。
そこには梅干しくらいの大きさのしこりがありました。
もうひとつは脾臓。
薄っぺらいけど、20cm×5cmくらいの長細い臓器でした。
それは紫色に壊死した状態でしたので、全部摘出されました。

先生は「悪いところは全部取りました」とおっしゃいました。
そして、「思った以上に状態がいいです。もっと出血すると思っていましたが、
出血も止まりかけており、麻酔の覚めも非常にいい」
とのこと。
その言葉を聞いた時の感想は、
「なすびだから、当然そうだと思ってた」というのが正直なところです。
このあと入院して血液の状態を管理、
DICの治療、残った副腎のホルモン作用のチェックを続け、
あと3日がヤマで、それを超えれば「もうけもん」と思っていいとおっしゃいました。
とてもぶっきらぼうの先生ですが、
手術の成功を、とても喜んでくれているように見えました。

麻酔から醒めかけたなすびをしばらくの間そっと見て、
その日はうりを連れて帰宅。
うりは沈静が覚めず、ヘロヘロ状態で、ちょっと心配でしたが、
私は帰りの車の窓から見える景色が、朝とは全く違っているなぁと感じました。

という怒涛の一週間だったわけです。
 

すごい長文になると思います。

最初は6月29日先週の日曜日でした。
その日私は大切な仕事で午前中出かけていました。
とても蒸し暑い日だったけど、お昼ごろには戻れる予定だったのでエアコンはつけず。
午後1時ごろに帰宅。
お留守番のご褒美になすびうりにおやつをあげようとした時に、
なすびが呼んでも来ない。立ち上がれませんでした。
こんなことは初めてだったのだけど、本当に蒸し暑かったので、
すぐにエアコンをつけて部屋を冷やし、様子を見ていると徐々に回復しました。
夜のお散歩はなしにしたけど、食事は完食。
熱中症になりかけてたのかな?と思っていました。

翌日には少し暑そうではあったけど、お散歩も普通に行き、食欲も旺盛。
普段どおりのなすびに戻っていました。

そして水曜日。
朝起きてみると、なすびがうまく歩けない。
散歩に行こうともしませんでした。
とりあえず、うりだけ連れ出し、戻ってからご飯を食べさせようとしたけど、
半分くらい食べたところで、口からぽろぽろとフードをこぼして、それ以上は食べません。
これは大変と思い、開院を待って病院へ。

まず触診で貧血がありそうとのこと、そして血液検査。
赤血球が通常の半分近くに下がり、血小板も少なめ、
そのほかの結果から、どこかから出血していることは間違いなさそう。
レントゲンとエコーで脾臓周辺に白い影があることが解りました。
容態の急激な変化から、予断を許さない状況と判断して、
先生は午後の手術の予定のワンコをキャンセルしてくれて、
緊急手術になりました。
おそらく脾臓摘出となるとのこと。
輸血と点滴の準備をすぐに始めたいとのことでした。
私はいったん帰宅、自宅で待機していました。
1時からの手術で、2時ごろ病院から電話。

先生の話では、原因は脾臓ではなく、その奥に血液のかたまりのようなものがある。
そこからじわじわと出血が続いている。
血液のかたまりは、そのまた奥へとつながっているけど、
その先は大動脈と接していると思われ、摘出には危険が伴い不可能。
腹膜内からは既に1リットルもの出血した血液を取り出している。
これ以上できることはなく、お腹を閉じてお家で過ごした方がいいのでは・・・とのことでした。
私はすぐに病院へ行き、実際に開いたなすびのお腹を見ました。
先生に見せてもらった血液の塊は、大きさはレモンくらい。
でもその奥は肝臓などの臓器が邪魔してまったく見えず。
私は先生の勧めに従い、お腹を閉じてもらってなすびを連れて帰宅しました。
麻酔から覚めるかどうか、意識が戻るかどうかも解らないと言われたけど、
その時にはなすびの意識は、朦朧としながらも回復していました。
余命は数日とのことでした。

その後、私はすべての予定をキャンセルして、24時間なすびに付き添いました。
手術の日は本当に呼吸も苦しそうで、ぐったりして、立ち上がることはおろか、
首をもちあげることもできず。
でも翌日には、表情も出てきて、お見舞いに来てくれたお友達に、
しっぽを振って挨拶をします。
食欲も出て、ヨーグルトや柔らかいパンなど与えると、
ガツガツと食べます。
トイレも何とか立ち上がり、自分の力で行くことができました。
その翌日にはさらに状態も良く、歩いてトイレに行き、水を飲み、
うりが散歩に出る時には、自分も行くものだと起き上がろうとして、
うりがご飯を食べているときは、なぜ自分は同じものを貰えないのかという顔をしています。
手術跡から少しずつ出血していたのも止まって、
苦しそうだった呼吸もちょっと落ち着き、楽に眠れるようになっていました。
なすびは、まだまだ生きる気力満々でした。

何かできることはないのか、先生と相談もしました。
でも、主治医の先生は、原因の除去が非常に難しい、これが限界との判断でした。

でも、どうしても諦めきれない私は、
セカンドオピニオンについて、考え始めていました。
でも、どこで?と思っていた矢先に、友人からメールがきました。
その日、行われたイベント(私も行く予定だった)で知り合った人が、
隣の市で開業しているいい先生を紹介してくれたので行ってみては?とのことでした。

これは絶対に何かの縁だと、すぐに連絡。
状況を説明したら、こちらでも検査したいので、とりあえず連れてきてくださいとのこと。
ネットで検索すると、その病院にはCTもあるとのことで、
CTで見たら、見えなかった血の塊の奥がどうなっているのかも見えるかも知れないという思いもありました。
翌日は雨で、なすびはあまり体調も良くなさそうだったけど、
7月2日土曜日、朝一番にその病院に車を走らせました。
3日前に手術をして、さらに麻酔をかけてCTを撮るというリスクも承知の上で、
CT検査を依頼。
その病院の院長先生であるS先生は、血液検査、レントゲン、エコー、そしてCTの結果から、
まず副腎からくる腫瘍があること、
そしてDICという血液の病気を併発しているという診断を下しました。
DICは人間であれば、末期の患者に見られる血液の免疫不全のような病気らしい。
(ヒトの医者に聞いた情報)
DICはなすびの場合は副腎の腫瘍が原因で発症していて、
それを治すには、元になっている腫瘍を取り除くしかないとのこと。
そして、CTを見る限りでは、腫瘍は大動脈からは少しだけ距離があり、
摘出も可能とのことでした。
ただ、なすびの体力が持てば・・・

このまま何もしなければ、1週間生きるのも無理と言われ、
時間もあまり残されておらず、決断を迫られる状況で、
私は手術を選択しました。
でも、今は出血が止まりにくいのでリスクが大きい。
入院して、DICの改善を試みてからの手術の方がいいということで、
その日に入院、月曜日に再度検査をしてから、
状況が良ければ手術しましょうということになりました。
そして、その時、うりの血液を輸血することになりました。

私は少しでも希望の光が見えたことで、
ここ数日の落ち込みから開放されてその土曜日を過ごしました。
日曜日に母から電話がありました。
「もし手術が失敗したら、その場で永眠させてやりなさい」と母は言います。
その言葉は、楽観的な私にストレートに差し込むナイフみたいなもの。
でも、母の言葉は、本当に的を得ていると思い、
そのことについて考える機会になりました。
連れて帰ってもおそらく、苦しいだけ。
自分だったら、あと数日しか生きられないのに、苦しい思いはしたくない。

でも、遠くの病院でその処置をしてもらうのは、やはりどうしても「イヤ」だと思い、
その日、主治医の先生に電話をして、すべてを話し、
もし、その手術に失敗して、まだ息がある状態で自宅に連れ帰った時は、
往診でその処置をしてもらえるかと聞きました。
先生は自分の力不足も、私の不義理も承知してくれ、
必要であれば、伺いますと言ってくれました。
これで、少し私にも覚悟ができました。

さすがに長文になりすぎたので、次回に続きます。

覚書

動物病院へ行く。
体重はなすび・うりともほぼ27・5kg。
フィラリア陰性。
狂犬病予防接種(なすびは一年半ぶりくらいかな)

先生とフックのことについて話した流れで、
ゴールデン・ラブくらいの大型犬の平均的寿命について訪ねたら、
「15歳まで生きる子はやはりあまりいない。
12・3歳で亡くなる子が多い気がします」
とのこと。
「10歳になったら、突然色々な症状が出始める傾向」もあるそうだ。

なすびはここまで大病とは無縁だし、
今も走るし泳ぐし食欲もあるし、好奇心も失ってはいない。
あと2~3年なんてことはありえん!と信じている。

うりの耳の中が汚れていると指摘された。
病院に行くのに備えて、昨夜耳掃除をしたのに…。
気をつけなくちゃ!

2頭とも抜け毛がすごい。
注射と採血のために乗った診察台が毛だらけ。
スミマセン。

数十年ぶりに、国内では二人目の狂犬病患者との騒ぎ…。
先日、私もかかりつけ獣医師に「なすびの狂犬病の注射今年はしていない」と話したら、
先生も別に強く勧めるではなく、「飼い主さん次第」とのこと。
まぁ現状ではそうなのかも知れない。

なすびは毎年欠かさず狂犬病の注射をしてきた。
それが必要かどうかは別として、万一のことがあったときに、
「注射をしている」という事実が必要な場合もあると思ったからだ。
今年はアレルギーの関係で延ばし延ばしにしていることは先日チラッと書いた。
でも、理由はそれだけじゃない。

5年ほど前、当時は獣医師会に所属していない先生にかかっていたため、
注射を打った証明書を市役所に持参して「済証」をもらっていた。
なすびは4月生まれなので、生後3ヶ月の時、つまり7月に最初の注射を打った。
以来毎年7月に注射をしていた。
一年に一度狂犬病の注射を打つということは義務と知っていたので、
私は接種義務を果たしていると思っていたが、
その時受け付けた市職員は「狂犬病の注射は4月~6月に受けなさい」と私を指導した。
「うちのは4月生まれだから、最初の注射を7月に受けました。その後年に一度打ってます」
と事実を話したが職員は
「しかし注射を打つ時期は4~6月と決まっていて、その間に済証を受けなければ、
注射を打ったという証明にならない」とわけ解らないことを言う。
私は「注射を打ったという事実があり、獣医師から証明書が出ている。
年に一度でも過剰摂取だと思うのに、
これ以上の過剰摂取は私の犬にはさせたくない」と言い張った。
そして
「生まれたのが11月で、翌年2月に最初の注射を打った子は、
再び4~6月の間に注射を打たなくちゃ打ったことにならないんですか?」
と聞いたら、ヤツは「そうです」とのたまったのだった。

狂犬病の注射が不必要だとは、これっぽっちも思っていないけど、
このわけわからん市職員の対応は何??
決められた期間に手続きをしなかったらと言って、狂犬病にかかるわけじゃない。
それよりは私は犬の健康が大切。
狂犬病のワクチンで、アナフィラキシーショックを起し亡くなる子だっているんだ。

私のつたない知識では米国では現在も発症例があるが、ワクチン接種は3年に一度。
なすびは9年間打ち続けているので、抗体はできているはず。
しかもアレルギー体質で投薬中。
なすびが人を噛むことは、まずありえない。
その上、4~6月に打たなきゃならないと言われるなら、
一回飛ばしてしまえと思うのも…言い訳になるかな。
飼い主の判断…まさにそう。

誰が何と言おうと、私がなすびを守るしかない。

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